ビーテックニュース
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3・11「あの日から10年・・・」
2021/03/11
2011年3月11日 午後2時46分18.1秒・・・、それまで穏やかだった東北地方の太平洋沖が突如牙を剥いた!!大きな揺れは遠く離れた「大阪」まで感じた、ゆっくりと長い時間・・・。(これは近くではなく、遠く離れたところで大きな地震が発生したのでは?と嫌な予感は的中した)
最大震度が6強~7に達する揺れが宮城県、栃木県、福島県、茨城県を襲った。これだけ大きな地震なので家屋の倒壊などでの怪我人が心配になったが、地元の方々には大きな判断が迫られた・・・。それは「津波」、地元の方は2mや3m位の津波は何度が経験があるので、避難すべきか?自宅に留まるか・・・。
津波警報のサイレンも、地元の方々には聞きなれたものだったのか?しかし、その実際の姿を見た時には遅かった。またそれだけではない。同時に「福島第一原発」1号機、2号機をもその津波が呑み込んだ。地震には耐えたが、津波で発電機が停止!原子力発電所が制御不能になってしまう。
「地震・津波・原発」が平穏に過ごしていた東北地方を一瞬にして地獄化してしまった。天災と人災が連鎖反応での災害で犠牲になられた方は、14.000人以上が水死、地震や火災で1.400人・・・、実に9割以上の方が逃げ遅れた方々になりその9割が60歳~90歳以上の高齢者・・。
一夜明けた翌日からは、ライフラインが止まった住民の皆さんが行きつく所は地元のコンビニしかない。飲み水や乾電池等を求めてこの行列・・・、しかし殆どの方が買えない状況。
TVニュースでも中々伝えられない悲惨な状況は現地の方しか語り継がれられないでしょう・・・。あれから「10年」の月日が経った今も、福島原発付近の住民は仮設住宅での生活が余儀なくされている。10年もの間、徐々に風化してしまってはいけない。犠牲になられた方々にはここに改めて、心より哀悼の誠を捧げ個々で「黙禱」・・。今も尚不自由な生活を余儀なくされておられるかたにも、衷心より「お見舞いをもうしあげます」(合掌)<2021年3月11日14時46分投稿>
編集後記:>
大切なことは、一時(いっとき)の判断の遅れ、判断ミスは、人も「企業も」、命取りになるということではないでしょうか?「地震発生から津波第一波が到達するまでの時間30分」(文責:辰巳寛一・写真:Wikipediaより引用)
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